定年を迎えてからの暮らしは、いわば「自分株式会社」の経営者のようなものです。
誰かに指示されることもなく、時間の使い方は100%自分次第。 朝起きて手帳を開き、「さて、今日はどんな1日にしようか」と毎朝考える。 自分を縛るものは何ひとつありません。
「なんて贅沢で、素晴らしい自由なんだろう!」
そう意気揚々とスタートしたはずの私のセカンドライフ。 ですが……実際に飛び込んでみて、身に沁みて分かった「自由の裏側にある、いちばん怖いこと」がありました。
それは、「盛大にやらかす、忘れ物」です。
上司がいない=誰もツッコんでくれない
学校や組織にいた頃は、ルールがあり、周りの目があり、同僚や上司がいました。 でも、自分の人生の経営者になると、上司はいません。
自分をコントロールできるのは、自分だけ。 何か抜けていても、誰も注意してくれないし、指摘もしてくれません。
「これはちょっと気を引き締めないとまずいかも……」
そう思って、毎朝のスケジュール管理だけは欠かさずやっています。(いつか優秀なAI秘書にまるごと任せたいな、なんて企みつつ……)
けれど、日々のスケジュールはどうにか管理できても、どうしても防げないのが「物理的な置き忘れ」でした。
手荷物の数が増えると、記憶が吹き飛ぶミステリー
自由に動き回れるようになると、毎日が非日常の連続です。 会う人も違えば、行く場所も、目的も、持ち物も、乗る電車も毎回違う。
ルーティンがないぶん、どれだけ気をつけていてもアクシデントは起きます。
特に危険なのが、「帰り際にあたたかいお心遣いをいただいた瞬間」です。
先日もある先生のご自宅へ伺い、楽しくインタビューをさせていただきました。 帰り際、「これ、持って帰ってね」と素敵なお土産を持たせてくださったのです。
「ありがとうございます!」
ホクホクした気持ちでお土産の包みを抱えて帰途に。 すると、携帯の呼び出し音。
先ほどの先生から「コート忘れて行かなかった? 今どこ? 持って行ってあげるから」 きゃー!
手元の荷物が「コート」から「お土産」にすり替わった瞬間、私の脳内メモリからコートの存在が完全にログアウトしてしまったのでした(数分後、先生が優しく私のいるバス停留所まで届けてくださいました。本当に頭が上がりません)。
真っ黒なリュックが招いた、海の向こうの青年との事件
さらに恥ずかしかったのが、ガイドのお仕事をした日のことです。
スケッチブックを使って一生懸命プレゼンテーションを行い、無事にガイド終了! 「ふう、何とかできた!」と満足感でいっぱいのまま、自分の真っ黒なリュックにスケッチブックをしまい、爽やかに解散しました。
ところが、しばらくして主催者のかたから連絡が入ります。
「ゲストのリュックにあなたのスケッチブックが入っていたそうですが」
なんと、ゲストの方もまったく同じ「真っ黒なリュック」を背負っていたのです。 私は自分の荷物ではなく、あろうことかお客様のリュックに自分の大事な商売道具を堂々と収納してしまっていました。
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうになり、 「もう、捨ててしまってください……!」とメッセージでお返事するのが精一杯。
それでも先方は「届けてあげるよ!」と優しく言ってくれたそうです。
彼はオーストラリアから来ていた20代のウェブデザイナーの青年。彼自身も世界中を旅しながらオンラインで仕事をする、まさに「自由な生き方」を体現している若者でした。
たまたま仕事で出会った青年のあたたかさに救われつつ、自分のうっかり加減にトホホ・・・。
それでも、この自由が愛おしい
自由って、本当にありがたくて、心地よいものです。 だけど同時に、自分のポンコツな一面とも真正面から付き合っていかなければいけません。
「自由は最高。でも、忘れ物は本当に怖い」
今日も出かける前に、指差し確認。
お財布、スマホ、手帳、そして……自分の上着!
ちょっぴり冷や汗をかきながらも、自分で選んだ毎日はやっぱり楽しいな、と思う今日この頃です。
みなさんも、「自由を満喫しすぎてやらかしたうっかりエピソード」はありませんか?

コメント